朝からゴキゲン

「まだ寝てる 家に帰れば もう寝てる」 

たしか、妻を詠んだそんなサラリーマン川柳があったと思いますが、まさにその通り。事務系ベテランサラリーマンの私は、飲んで遅く帰った翌日もきちんと早起きをし、うんざりしながらも満員電車に揺られています。 

毎日、同じ時刻に、降車駅の改札に近い位置になるよう同じ車両に乗り込みます。他の乗車客も考えることは皆同じ。ですから、車内の顔触れはほぼ決まっています。 

代わりばえのしない車内に、いつものように乗り込んだある日。熱い視線を感じて目をやると、美しい女性が私を見ているではありませんか。車内に、明るい光がさしたようでした。 

彼女は、ときどきその電車を利用するらしい。できれば毎日、利用してほしいところです。乗り合わせれば、必ず私に熱い視線を送ってくる、ような気がします。つまらない通勤電車のちょっとウキウキする瞬間です。 

そんなできごとをうっかり妻に喋ったら、「勘違いに決まっているじゃない。ずっとバカな妄想でも抱いていれば」 と、一笑に付されてしまいました。 

しかし、私はめげない。近頃は、若い女性が、ずっと年上のおじさんに憧れるご時世なのだ。〈バレンタインデーにはチョコレートをもらえるかもしれない〉と、楽しみをふくらませているこの頃です。

生まじめクン(52・東京都)


まさかの運命

老いた母のことが気になるのか、隣町に住む妹が家族と一緒によく顔を出すようになった。最近は週に一回は、晩ごはんを食べにくる。 

妹の夫君は明るく話し好きの好人物。十歳になる姪っ子は、伯父の私に似てかわいい顔をしている。声が少しハスキーで、男の子にももてるらしい。 

そんな妹家族がくると家の中がワッと明るくなるので大歓迎である。 

しかし、私にはちょっと姪っ子がやっかいでもある。 

性格が悪いとか、いたずらが過ぎるということはない。とてもいい子だ。 

ただ、名前が問題なのだ。 なんと私が学生時代に付き合っていた彼女と同姓同名なのだ。 学生時代、私は京都で一人暮らしをしていた。そのほぼ四年間、私と彼女は、勉強やサークル活動でいつも一緒だった――。 

姪っ子が生まれ、名前を聞いた時は驚いた。妹は、私の京都時代の彼女のことは知らない。それは母と私だけの最重要機密だ。偶然とはいえ、まいったなあと思ったものだ。 

妹家族が来ると、いやでも「○○」とその名前が皆の口から出てくる。私だってその名前を呼ぶ。酒に酔っているときなどは、妻の前でわざと呼んでみたりする。実に楽しい。しかし、それでも仕事から帰ったあと、妻から「今日、○○ちゃんから電話があってね……」などと姪っ子の名前が出てくると、一瞬、ギョっとする。 

ドキドキ、ハラハラ、冷や汗も出てくる。時折、母はニヤリと私を見る。ああ、なんだか京都に行きたくなってきた。

ラブリーな思い出(49・東京都)


海の中の初体験

 思うところあって会社を早期退職して一年。あいた時間でさまざまなことができると喜んでいたが、実際には日常生活に忙殺されるばかり。なかなか思うようにいかなかったが、この秋、初めて沖縄にひとり旅をし、かねてから体験したかったダイビングに挑戦した。 

資格取得にはそれなりに手間取ったりもしたのだが、初めて体験する海の中のなんてワクワクすること。今までこの世界を知らなかったことが本当に悔やまれる。 

深い青い世界に魚たちが遊び、水の中で体重を忘れる。目に映るものすべてが初めて見る世界。感じることすべても初めての体感。本当に「無」になる瞬間を味わったら、もう地上には帰れない(!?)、とはちょっと大げさだが、自分にはまだまだ知らない世界があったんだなぁと実感した。 

来年は月一度のペースでダイビングをしたいと思っている。妻も一緒に来たがっているが、ここは最高の贅沢。申し訳ないが、自分だけの喜びとして満喫したいワクワクである。

未知との遭遇(59・神奈川県)


お餅ラプソディー

農家の男五人兄弟の四男坊だった私は、自己主張の強い他の兄弟たちに押され、どちらかというと、控え目な性格だった。 

子どもの頃、何といっても楽しみだったのは、腹いっぱい食べられる正月の雑煮だった。それは、兄弟との勝負のときでもあった。「大人しい四男」のレッテルを返上するチャンスである。 

おふくろが朝六時、私たち兄弟の枕元にやってきて聞く。「おい。餅、いくつ食う?」 

おふくろの問いかけに、まだ眠気の醒めきれない頭をふる回転させ、必死で考える。

「今日の体調だと、六つか……。いや、でも兄貴たちは七つ食べるかもしれない。弟には最低でも勝ちたい」 

わが家のついた餅はとても大きいのだ。角餅で、縦十センチ、横六センチ、幅二センチといったところか……。「オレ、七つ!」。私の一声に、オレも、オレもと兄弟たちは手を上げる。 

食卓に並ぶおせち料理。そして、あふれんばかりの餅の入った雑煮。それでも、「苦しい。苦しい」と言いながら喜んでみんなで食べた。 

今は二つも食べられないが、雑煮を見ると当時のワクワク感が蘇る。 

年末、今でも兄弟がそろって餅をついている。 みんな餅に対しては、格別の思いがあるのかもしれない。だから、わが子にも、姪っ子にも甥っ子にも、たくさん餅をもてなす。 一人息子は、なぜか餅が大の苦手になってしまった。

お腹が餅肌(58)神奈川県


よきライバル

結婚して二十六年。二人の息子も社会人となったが、私と妻はいつもライバルだった。 

彼女とは学生時代に建築の勉強をした間柄。気は強いけれど、建築に対する思いを尊敬して、結婚をした。 

彼女が結婚の条件にあげたのは「生涯、建築の仕事ができること」。 

二つ返事でOKしたが、実際に生活を始めてみると、互いに多忙を極め、家事も子育てもできるほうがする。彼女が売れっ子になった時期は、子どもの送り迎えから料理、掃除、洗濯と、十年近くは私が担当した。 

日々の忙しさと同業ゆえの彼女に対する嫉妬心もあり、口も聞かないほどギクシャクした三十代だったが、少しずつ、互いを認め合え、三年前から二人で事務所を作った。 

今は阿吽の呼吸で、なんでも話し合える同士。ふたりで酒を酌み交わす夜も多いが、そんなときつくづく思うのは、「あぁ、ステキな女性になったなぁ」ということ。人生の積み重ねがきちんと生きて、本当に大人のイイ女になった妻に、最近は惚れ直している状況です。

一休建築士(56・千葉県)


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WEB連載企画