日常は気づきの連続。中高年世代の心探訪録です。
先日、会社の昇格試験を受けました。さすがに0点では恥ずかしい。せめて五十点(百点満点中)を目ざし、試験日の一週間前から勉強に励みました。
試験当日。「始めてください」の声と同時に張り切って答案用紙をめくる。
「うわあ、こうきたか」
ぼくの心の声かと思いきや、隣のおっさんが大きな声で一人ごちているではないか。「まさか、ここが出るとは」などと、いちいちうるさい。怒鳴りたい気持ちを抑え、おっさんに気を取られまいとする間に試験時間は刻々と過ぎていく......。結果は、聞かないでください。
試験勉強も大切だが、何事にも動揺しない心をつくることのが大切だったかもしれない。
メタボラインズ(49・埼玉県)
わが人生の大きな転機となった失敗は、大学入試でした。高校が男子校だったこともあり、進学後の目標は、親の干渉を逃れての都会での下宿生活と女の子と遊ぶことでした。そのため大学選択の基準も、大学の所在地が都会にあることが最優先でした。
第一志望が不合格で、私学の薬学部(女子多数)へ入学したのですが、私の目論見は入学説明会まででした。なんと、薬学部の校舎の所在地が二年次以降は東北のとある県だったことが分かったのです。
夢に見たバラ色の学生生活が悪夢と変わりました。そこは熊や鹿が出没し、下宿の廊下では野兎が駆け回るといったふうでした。
それでも、仲間といつも一緒だったことから、助け合いの精神が養えたことは貴重な体験でした。
下宿生活で友人と同じ釜の飯を喰い、田舎的な発想を身につけたことが、現在、地方の環境整備の仕事に就く自分にとってかけがえのない力となっています。 「人生いろいろ、失敗の受けとめ方=力」これが、自分の実感です。
森 一(50・埼玉県)
一年前の春、私の人生は変わりました。自営業の施工の仕事に追われる私の体調を心配した家族が血液検査をすすめてくれました。そこで診察を受けると、余りの異常値で緊急入院することになりました。
二週間の入院でしたが、親しくなった隣室の方が亡くなるという経験もしました。その方は私が退院した日がお通夜でした。その衝撃は今も消えません。また、入院中、知り合った患者さんたちからいろいろな体験を聞かせていただき、生き方を考える良い機会となりました。
そして、退院すると「仕事は半分で十分、後は楽しく生きていく」と家族に宣言したのです。
今では食事療法をしながら、お気に入りの車でオートキャンプに出たり、長距離をのんびり走る自転車サークルのイベントに参加するなど楽しく充実した生活を送っています。
お金では買うことができない健康の有り難さを一番に考え、家族に感謝しながら楽しく生活できる今は本当に幸せだな~と感じています。
アルちゃん(48・神奈川県)
私の住んでいる地域の小学校では、昨年から土曜日に一般の人たちが「仕事」について教える課外授業がスタートしました。
私の子どもは二人とも成人し、小学校とは縁遠くなりましたが、課外授業の講師に招かれて、商社マンの仕事について話をしました。子どもたちは、前のめりになって話を聞いてくれ、たくさんの質問も受けました。
その後、先生から「私たちは、子どもは親だけのものだとは思っていません。地域の子どもはそこに住むみなさんの子どもです」と言われたのです。直前に子どもたちと接していたからかもしれませんが、その言葉にハッとしました。
今までそんなことをリアルに感じたことはありませんでしたが、確かにそうだと思います。
その日から私は近所の子どもたちに会うと元気に挨拶をしています。時には叱ることもあります。気がつけば、道で会うと、話しかけてくれる子どもたちも出てきました。今なら胸を張って「地域の子どもは私たちの子ども」と言えます。
地域に根ざす商社マン(55・東京都)
最近、ひとり言がふえたと、二人の娘に言われるんです。年のせいでしょうか。でも、ひとり言は自分のココロの現われなんだと気づきました。
先日、学生時代からの親友が重い病にかかったことを知り、言葉もなく、自室で目を閉じていたんです。自分ではただ瞑想をしていたつもりですが、ふと気づくと、その友達といろいろなことを話しているように、「おれたちもこんな年なんだなぁ」「いろんなことがあったなぁ」「まだまだ、これからだぞ」などと、ひとり言を口にしていました。そんなふとした言葉が、さまざまな思いを大きくしてくれました。
思いを言葉に出していくこと。ひとり言は、自分の思いを形にする第一歩なんだと感じています。
石野清明(55・東京都)