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変わるわたし、変わらないわたし

広瀬 裕子
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暮らしの中から見えてくる風景や心象を表現し続ける、エッセイストの広瀬裕子さん。
2017年冬に、鎌倉から香川へ移住。
現在、設計事務所のディレクションに携わり、場づくり、まちづくりにも関わっています。
住む場所を変えて、見えてきたもの、感じた思いを綴ります。

photo by Yuko Hirose

生まれ育った土地からはなれ、遠くに富士山をのぞむ海辺のまちに住いを移したのは10年ほど前のことです。それから──。いくつかのできごとを経て、1年前から瀬戸内のまちで暮らしはじめました。

思うのは、どこで暮らしても「自分は自分」ということと、どこに住むかで「自分が形づくられていく」ふたつです。

生まれ育った場所から離れるまで、その土地「らしさ」というのを意識したことはほとんどありませんでした。きっと「らしさ」というのは、無意識なものなのでしょうね。

歩くスピードが速いことも、夜が明るいのも、電車が5分おきにくるのも当たり前だと思っていました。多くのひとが暮らすため、選択肢が多岐にわたり、生き方、暮らし方のモデルが多いのもふつうに受け止めていました。

けれど、それが、ある意味「とくべつ」だと気づいたのは、その土地を離れてからのことです。

ひとは、変化しつづけます。こどものときは、それを成長という言葉で表しますが、大人になってもそれはつづきます。変化が大きいかちいさいか、目に見えるか見えにくいかだけのちがいだけで。
その変化をもたらす大きな要素のひとつになるのが「場所が変わる」ということ。生まれ育った土地から、住みなれたまちから、所属している場所から、別のところへいくことで「わたし」は、変化します。

その変化は、時間とともに新しい面を自分のなかに形づくりはじめます。ポジティブな表現で言うと、バージョンアップする、というのでしょうか。
当り前だと思っていたことがそうでないことに気づくことも、新しい見方や関係を知るのも、バージョンアップですし、自分の知っていた世界が限定されていたとわかるのも、バージョンアップだと思います。

バージョンアップが起きるときは、タフさを求められることもありますが、手にすると、確実に世界は広くかろやかになります。変化や新しいものを受け入れていく姿勢は、生きることそのものの魅力でもあるからです。

はじめて、生まれ育った場所から住いを移したとき「ずいぶん夜が暗い」と思いました。でも、そこにはホタルが飛び交う場所があり、暗いなかそのちいさなひかりを目にすることは、明るい夜のまちとはちがう時間がありました。いま、海にしずむ夕陽は見られませんが、田んぼのむこうに広がる夕空はのぞめます。都市へ行くと、人工のひかりは、考え工夫され、明るさにこころ躍ることもあります。「夜が暗い」と感じたときのわたしは、いま、ここにはいません。
バージョンアップは、時と考え、自分の状態でその価値は変化し、その変化さえ常に動きつづけているというところへ連れていってくれます。

そんななかでも、在りつづける「自分」はいます。外側の変化とは別のところに。歩くスピードがゆるやかになったとしても、空の色やまちの風景がかわったとしても、歩くのは、歩きつづけるのは、わたしです。
(月1回連載)

*広瀬裕子

東京都生まれ。エッセイスト/設計事務所ディレクター/縁側の編集室共宰。「衣食住」を中心に、こころとからだ、日々の時間を大切に思い、表現している。
2017年冬、香川県へ移住。おもな著書に『50歳からはじまるあたらしい暮らし』『整える、こと』(PHP研究所)、『手にするものしないもの 残すもの残さないもの』(オレンジページ)など多数。

広瀬裕子オフィシャルサイト http://hiroseyuko.com
あたらしいわたし
共著者:藤田一照×広瀬裕子
出版社:佼成出版社
定価:本体1,200円+税
発行日:2012年12月
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