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見えてきたもの

広瀬 裕子
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暮らしの中から見えてくる風景や心象を表現し続ける、エッセイストの広瀬裕子さん。
2017年冬に、鎌倉から香川へ移住。
現在、設計事務所のディレクションに携わり、場づくり、まちづくりにも関わっています。
住む場所を変えて、見えてきたもの、感じた思いを綴ります。

photo by Yuko Hirose

 

瀬戸内は、島がうつくしいです。
「島へ行こう」と思いたち、直島へ行って来ました。港から30分~1時間、乗船すれば、点在する島にわたることができます。

船内には、島で暮らすひと、仕事で向うひと、旅行者──。欧米のひとが多いのが、瀬戸内の特徴です。
まちの喧噪や騒がしい建築が遠くになるにつれ、自然と呼吸が深くなるのがわかります。窓の外に見えるのは、おだやかな海と行き交う船、緑に覆われた島々です。

直島を訪れるのは、十数年ぶり2度目のこと。島は、美術館と美術品、すばらしい建物があります。
今回、印象に残ったことはいくつもあるのですが、そのひとつが「南寺」と呼ばれる建物に行ったときのことでした。

訪れたことがないと思っていた南寺ですが、中に入り、以前、来ていたことに気づきました。記憶は消えていたのですが、身体がちゃんとおぼえている、という感じでしょうか。入口に立ったとき、十数年前の感覚がよみがえりました。静寂な空間が、昨日のことのように思いだされました。

この建物が、どういうものかは行ってみて体験するのがいいので、ここでは書きません。興味深かったのは、自分の気持ちについて、です。

前回、南寺に行ったときは、建物をでたあと、多分「なるほど」と思ったはずです。そして、その気持ちは、そこで一旦、終わります。本で言うと次のページへいってしまった感じです。けれど、今回はすぐにページをめくることはしませんでした。感じたことを自分のなかで何度も反芻し、書かれてる言葉を自分なりに読み解きたいと思いました。

南寺は、ジェームス・タレルという方の作品です。前回の観賞後とちがったのは、今回、タレルが、どうしてこれをつくったのか、というところへ自分の気持ちが動いたことでした。解釈が合っているかどうかはわかりません。正誤性はともかく、制作の意図を知りたいと思いました。わたしには南寺は「世界の成り立ち」を表しているように思えました。なぜなら、世界は、そのひとの見ている世界でつくられていくからです。

ひとには、そのひとにより、見えるものと見えないものがあります。感じるものと感じないものがあります。

そこにあっても見えないもの。見えるひとに見えるもの。見ようとしなければ見えてこないもの。見えなかったのものが見えるようになるもの。
世界は、そんなグラデーションでできています。同時進行しているように見える世界も、本当はひとりひとりが見た世界でしか成り立っていません。南寺も、うつくしい建物と見るひとがいます、静かな空間と思うひともいます、不思議な作品と受けとるひともいるはずです。どれも間違っていません。そのとき、そのひとが感じたことが、南寺を形づくっていくのです。

今回、わたしは、南寺は「世界の成り立ち」を表現しているように見えました。それは、わたしにとってそう見えたというだけのことです。そして、わたしにとって南寺は、これから、そういう存在として在りつづけます。

この十数年の時間が、わたしにもたらしてくれた何かがあります。以前のわたしには感じられなかった、あたらしい視点が、もたらされた何かです。かつての自分と、いまの自分はすこしちがいます。「いまの自分」が、自分にとっては最も新しく、最先端です。

同時に感じたのは「体験は毎回ちがうものを連れてきてくれる」ということ。「行ったことがある」と覚えていたら、今回、南寺を再訪することはなかったかもしれません。けれど、忘れていたことで再び訪れ、前回とはちがう感じ方をしました。「かつて」や「前回」は、「そのとき」だけのことで「いま」とはちがいます。ひとは、経験したことや行ったこと、やったことが、そのままつづいていると思いがちですが、かつてはかつてのことだと改めて思いました。

ひとは、同じことを体験しても、見ても、そのときで受けとるものがちがいます。自分と、自分以外の他のひとともちがいますし、自分自身でもそのときそのときでちがいます。目にしたものを通しどんなものを選択するのか。そのことで世界の成り立ち、在り方は変わります。世界は、思っているより自由なのです。

(月1回連載)

*広瀬裕子

東京都生まれ。エッセイスト/設計事務所ディレクター/縁側の編集室共宰。「衣食住」を中心に、こころとからだ、日々の時間を大切に思い、表現している。
2017年冬、香川県へ移住。おもな著書に『50歳からはじまるあたらしい暮らし』『整える、こと』(PHP研究所)、『手にするものしないもの 残すもの残さないもの』(オレンジページ)など多数。

広瀬裕子オフィシャルサイト http://hiroseyuko.com
あたらしいわたし
共著者:藤田一照×広瀬裕子
出版社:佼成出版社
定価:本体1,200円+税
発行日:2012年12月
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