悩み相談

「罪悪感や後悔を手放して、自分の子供を受け止めたい」 答える人:プラユキ・ナラテボー

プラユキ・ナラテボー
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【編集部注】「仏教的カウンセリング」では当ダーナネット編集部が公募した「悩み相談」に解答をしていただいております。
ご相談者の許可のもと編集の上で掲載しています。ご本人の希望で名前は匿名とさせていただきます。

「子供が大きな声を出したり、はしゃいだりすると、子供に対して反射的に怒ってしまいます。振り返ってみると、私自身、子供の時に大きな声ではしゃいで、親や先生、友達に迷惑をかけ、そのことが罪悪感や後悔としてあるようです。どうすれば、自分の子供時代の罪悪感や後悔を手放して、自分の子供がはしゃいだりすることを受け止められるようになりますか?

「仏教には世代間連鎖を断ち切る方法が教えられています」by ナラテボー

作画・鈴木勝美(ざぼん)

あなたは幼い頃、とても元気なお子さんだったのでしょうね。とあるCMに、「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」というフレーズがありました。エネルギーに溢れた元気いっぱいのわんぱく坊主ぶりを、周りの人たちがそのCMのような感じで受け止めてくれていたなら、おそらくはあなたも罪悪感や後悔を感じることもなかったでしょう。

ところが現実は、親や先生など周囲の人たちが、そのわんぱく坊主ぶりを受け止めきれずに否定的なレッテルを貼られてしまい、その見方を内面化したあなた自身が自分に対して罪悪感や後悔を感じることとなりました。

そして、ご自身で分析されているように、それはあなたの子供に対しての見方と行動に反映されることとなり、そうした行動と見方を内面化したあなたの子供はそのまた子供たちに同様の見方と行動様式を継いでいくことになるでしょう。これが俗に「家族因縁」と称されるモノの見方や行動様式が世代間で連鎖していく構造です。

実を言えば、こうした問題に直面した場合に一番よくあるケースが、それが問題だと自覚することができずに、子供を変えようとそのまま怒り続けてしまうパターンです。

私が思うに、今回とてもラッキーなのは、子供が問題の原因ではなく、また、上記のようなことを続けても埒があかないだろうということを理解され、自分自身に目を向けたことです。そして、どうにかそのような連鎖を断ち切りたいとの強い思いを抱かれ、仏教にそのヒントを求めてこられたということです。

確かに仏教にはそうした非機能的なモノの見方や行動様式の転換、そしてその世代間連鎖をしっかりと断ち切る方法が実際に教えられています。

まず理解していただきたいのは、子供ではなく自分自身に問題があるということを理解したとしても、そこからの自分への取り組みが理にかなわぬものである限り、問題は解決していかないということです。

「自分に問題がある」ということを理解した人たちがついついやってしまいがちなのが、あなたのように自分自身を責めてしまうということです。『罪悪感や後悔を手放したい』と強く願いながら、実際そうした自分自身への対応が罪悪感や後悔を助長することになってしまいます。

ところで、罪悪感も後悔も実はそれらすべて今ここでの心の思考アクションにすぎません。罪悪感とは「私は悪い人間だ」という思考ですし、後悔は「あんなことをしなければよかった」という思考です。それは「私」や「過去の出来事」についての一つの解釈であり、そうした解釈を与えたその瞬間に、罪悪感が生じたり、後悔が生じたりしてくるわけです。

罪悪感や後悔を手放すためにブッダが推奨している方法は、どんな思考も否定せずに「気づき、受けとめ、理解する」という対応です。これを私は「念定慧[ねんじょうえ]対応」と呼んでいます。浮かんできた思考にハマり込んだり、否定したり、無視したり(こちらを「貪瞋痴反応」と呼んでいます)せず、どんな思考であれ、それを自覚的に、今ここのライブで、あるがままに気づき、受け入れてあげて、理解をはかっていくのです。

こうした「念定慧対応」の習慣を培っていくのがブッダの気づきの瞑想法です。 瞑想的なトレーニングによって、自分自身の罪悪感や後悔という思考癖は徐々に手放され、子供たちの言動に対しても念定慧対応ができるようになります。

ぜひこうした瞑想にも取り組まれ、子供たちとのよき関係を築いていかれてください。応援しています!

 

プラユキ・ナラテボー

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念定慧[ねんじょうえ]対応」については、こちらの解説もご参照ください。
「十二因縁」苦しみの連鎖を抜ける

プラユキ・ナラテボー
1962年、埼玉県生まれ。上智大学哲学科卒業。大学在学中よりボランティアやNGO活動に深く関わる。
タイのチュラロンコン大学大学院に留学し、農村開発におけるタイ僧侶の役割を研究。1988年、瞑想指導者として有名なルアンポー・カムキアン師のもとにて出家。以後、自身の修行のかたわら、村人のために物心両面の幸せをめざす開発僧として活動。またブッダの教えをベースにした心理療法的アプローチにも取り組み、医師や看護師、理学療養士など医療従事者のためのリトリート(瞑想合宿)がスカトー寺で定期的に開催されている。
近年は、心や身体に問題を抱えた人や、自己を見つめたいとスカトー寺を訪れる日本人も増え、ブッダの教えをもとにしたサポートを行っている。日本にも毎年招かれ、各地の大学や寺院での講演、ワークショップから、有志による瞑想会まで、盛況のうちに開催されている。

プラユキ・ナラテボー師 よき縁ネット https://blog.goo.ne.jp/yokienn
〈書籍情報〉
「気づきの瞑想」を生きる タイで出家した日本人僧の物語
著者:プラユキ・ナラテボー
出版社:佼成出版社
定価:本体1,800円+税
発行日:2009年8月
〈書籍情報〉
「気づきの瞑想」で得た苦しまない生き方
著者:カンポン・トーンブンヌム
監訳:プラユキ・ナラテボー
出版社:佼成出版社
定価:本体1,400円+税
発行日:2007年11月
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