インタビュー

ストレスを生み出す「貪瞋痴」 その1

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日本テーラワーダ仏教協会のアルボムッレ・スマナサーラ長老に「ストレスを生み出すものは何か」というテーマでお話を伺いました。私たちを悩ますストレスの正体、その対処法(ストレス・マネージメント)にとどまらず、テーラワーダ仏教から見たストレスの本質について、詳しく教えていただきました。全4回にわたってお送りします。

――では、始めさせていただきます。ずばり、我々を苦しめるストレスの正体とは何なのでしょうか? 長老はご著書の中で、「仏教にはストレスに対する専門用語がない。しかし、ストレスが貪瞋痴[とんじんち](むさぼり・怒り・無知)の三毒であるとすれば明確に理解することができる」という旨をおっしゃっていますが、詳しく教えていただけますか。

日本テーラワーダ仏教協会・アルボムッレ・スマナサーラ長老(幡ヶ谷・ゴータミー精舎にて)

ストレスとは、その状態を譬えて言えば、物事が水のように流れていかないことを指します。何かやろうとしても、ちょっと精神的にひっかかっちゃうんですね。

ひと口にストレスと言っても、良いストレスもあります。責任感などがこれに当たるでしょう。責任感から「これはやらなくちゃいけない」となると、じつはエネルギーが高まるのです。ポジティブな気持ちで、「やろうではないか」と意識したものならば、かなり健康的になるんです。明るく前向きな元気が出るのです。精神的な推進力になりますから良いストレスです。

一方で、自分に向かって「どうしようかな? できるかな? やらなくちゃいけないかな?」などと、ネガティブなエネルギーを溜めることが、我々が一般的に言う悪いストレス、ネガティブ・ストレスです。これは、仕事をできなくするだけではなく、自分自身をも破壊してしまうほどの強力なエネルギーとなるのです。

なぜそのようなストレスが生じるかと言うと、周りのことより自分のことをすごく気にするからなんです。「私がそれやるの? やりたくないなぁ」とか、「なんで私にばかり仕事をさせるの、他の誰かに頼むべきだ」などと被害者意識を持ったり、「出来る訳ないでしょ、そんなの。だって時間もありませんし」などと否定的な考えに固執したりする。こうして、いろいろと仕事をしない口実を口にするのです。

しかしどんな口実、言い訳をもってしようとも、それは基本的に、自我を張っているだけなのです。自分の周りや世間への配慮がありません。考えているのは自分のことばかりで、基本的に他者に対する優しさ、思い遣りがない。みんなのおかげで生かされているんだという気持ちがないのです。だから、それはエゴであり自我なのです。――自我の正体に人はほとんど気づかず無関心ですが――。

仏教では、そうした心の障碍となる基本的な汚れを「貪瞋痴[とんじんち]」の三毒と言うのです。

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