働く者を幸せにする経営

石坂産業株式会社 「徹底した〝見られる化〟で実現させた大逆転経営」②

編著=前野隆司 取材・文=千羽ひとみ(フリーランスライター)
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前回に続き、
埼玉県入間郡の産業廃棄物処理会社・石坂産業株式会社を紹介する。
会社の危機的状況の中、父の跡を継いで社長となった石坂典子さんは、
社員の意識変革を実現し、見事なV字回復を果たした。

※4ページ目に解説(前野隆司・慶應義塾大学大学院教授)

廃棄物の搬入路にはゴミひとつなく、ドライバーへの配慮が行き届いている。だが、それを実現するまでの石坂社長の苦労は並大抵ではなかった

「女に現場がわかるかよ」花瓶の花の首がなくなった

脱『産廃屋』して、リサイクル企業へ。そのためにはプラントという上物だけでなく、その下で働く人の改革も欠かせなかった。
「会社を変えたいと多額の設備投資をするわけです。ではその設備をどうやって活かすかと考えると、人しかいない。人が維持管理してくれなければ機械は動いてはくれませんから、人材育成をするしかない」(石坂社長)

改革の基本は5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)にあるという。
いきなりの5Sは無理と思い、まずは3S(整理・整頓・清掃)を掲げ、毎日工場内を巡回し、休憩室を見て回り、掃除の大切さを説き続けた。
工場の汚れたところを見つけては、〝片づけなさい〟と注意して、放置されたハンマーやバールを没収し、休憩室では散らかり放題だった漫画本やヌードグラビアを捨てまくる。
工具を放置した者は、本当にそれが必要なのか不要なのかを判断して(整理)、必要ならば石坂社長のもとに行き、頭を下げて受け取らなければならない。それが癪に障るなら、工具は本来あるべき位置に戻すしかない(整頓)。
石坂社長はこれをしつこいほど繰り返すことで、社員達に3Sの大切さ、その合理性を伝えていったのだ。

改革とは凪の状態の組織の中に波風を起こすことであり、人材育成とは、旧態依然とした人びとの頬を叩くようにして新たな考えを浸透させていくことにほかならない。改革と人材育成を掲げつつ、降ってわいたように誕生した先代社長の娘にして弱冠30歳の新社長への反発は、凄まじかった。

石坂社長の車のフロントガラスは割られ、社内に潤いをとの心配りで受付に置いた花瓶の花が、翌朝には花弁だけがなくなっていた。
「父は私に〝きっとネズミが食べたんだ〟と。そういってフォローしていましたが、そんなことあるわけないじゃないですか(笑)。私はそれほど社員たちから嫌われていたわけです。
でも、それでも改革をして人材育成をするしかない。会社が存続できるかできないかの瀬戸際です。めげていられるような状況じゃなかった」(石坂社長)
改革をさらに推し進めるべく、平成14(2002)年には環境マネジメントの『ISO14001』と品質マネジメントの『ISO9001』にも着目、取得を目指す。国際規格の基準を取得することで、会社の評価を上げ、同時に社員に世界基準の企業であるとの誇りと自覚を持ってほしかったのだ。

『ISO14001』とは、自社製品やサービスなどが環境に与える負荷を最小限のものにすべく定めた仕様書のことをいう。
これを取得するためには、企業がみずからが環境方針と目標を定め、EMS(Environmental Management System/環境マネジメントシステム)という仕組みを構築、それをPlan(計画)・Do (実施・運用)・Check(点検)・Action(改善)のPDCAサイクルとして継続し続けなければならない。これを第三者が審査、基準にあると認められてようやく、『ISO14001』取得となる。『ISO9001』にも同様の規定がある。

ともに取得には全社員の理解と協力が不可欠で、社員にも研修や日々の業務記録を付け、責任者へ提出することが求められる。
石坂社長は提出を繰り返すことで社員の意識を高め、人材育成をしようと考えたのだ。だが、「〝国際規格ISOを取得しようと思う〟私がそういったその日に、目の前でヘルメットをぶん投げて、3人が退職しました」(石坂社長)

社外では地域からのバッシング、社内では社員からの大反発。
まさに内憂外患といった状態だった。
だが改革を推し進めなければ、会社は存続することすらできなくなる。それでも社員たちの退職は止まるところを知らず、社長就任半年間で当時65人いた社員の四割が退職していった。

ところがこうした社員たちの退職が、逆に改革を加速化させることとなる。
『仕事のみ、きちんとやればそれでいい』とする、よく言えば職人気質、悪く言えば成長する意欲のない人材が去ったことで新たな人材の導入が進み、偏見のない真っ白な状態の人びとに、石坂社長と会社の理念を理解してもらえるようになったのだ。

こうした新たな人材の協力もあり、1年後の平成15(2003)年には無事『ISO14001』と『ISO9001』を取得することができた。この目に見える成果を達成できたことで、石坂社長は1年間の『社長職お試し期間』を無事に潜り抜けることができた。
本採用(?)となることができた石坂社長は、3SとPDCAサイクルを循環させつつ、次のチャレンジへと邁進していく。
それこそがプラントの解放であり、里山再生の試みであった。

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