日本伝統仏教者のためのマインドフルリトリート

【基調講演2】「道元禅におけるマインドフルネス〜その理論と実践」

藤田一照師
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「日本伝統仏教者のためのマインドフルリトリート~日本仏教とプラムヴィレッジの相互対話」と題された研修会が、2019年5月8日から3日間、曹洞宗大本山總持寺を会場に開かれました。これは日本の伝統仏教の僧侶が、ティク・ナット・ハン師のサンガ「プラムヴィレッジ」と交流し、「マインドフルネス」をテーマに互いの修行法を共有するというもの。

全日本仏教青年会とプラムヴィレッジ招聘委員会により共催され、2015年から始まり今年で5回目。今回は「仏教における〈原点(オリジナル)のマインドフルネス〉」をテーマに戒律とサンガの成り立ちについて話し合われた。「ダーナネット」では基調講演を採録。今回は前曹洞宗国際センター所長の藤田一照師の講演の初回です。

藤田一照師

ティク・ナット・ハン師との出会い、師から得た学び

僕は1987年にアメリカに渡り、18年間、マサチューセッツ州の林の中にある小さな禅堂で暮らしました。そのアメリカで、「マインドフルネス」という言葉に出会ったのは、ティク・ナット・ハン師(以下、ベトナム語で師、先生という意味の「タイ」という敬称を使います)の著書『Being Peace』の中でした。

タイの著書の中で、“mindfulness”という単語が非常に重要な意味を担っていることはわかるのですが、それがいったい、僕が知っている漢字の仏教語の何に相当するのかということが、その時はわかりませんでした。それでもう一冊、今度は『The Miracle of Mindfulness』を読んで、だいたいの意味がつかめたのです。

1995年に、今日ここに参加されているプラムヴィレッジ正会員の島田啓介さんや、翻訳家の馬籠久美子さんらが、タイを日本に招聘して、20日間に亘り各地でリトリートやレクチャー、day of mindfulnessをやろうということになりました。

その折、シスター・ジーナ(かつては曹洞宗の尼僧だった彼女が、僕がティク・ナット・ハン著『The Sun My Heart』をプレゼントしたことが一つのきっかけとなって、プラムヴィレッジのシスターに転身することになった)が、僕を通訳チームの一人として推薦してくれ、タイと日本各地を旅するという非常にありがたい経験への道筋をつけてくれたのです。

そして、それによってタイが日本に滞在しているあいだ、彼のオンステージだけでなくビハインドステージも見させていただきましたし、また個人的に、ある朝タイから「一緒に歩こう」と誘っていただいて、手をつないでタイとの〝ウォーキング・メディテーション〟(「歩く瞑想」)も経験することができました。どれもこれも、僕にとっては非常に貴重な学びとなったのです。
(島田啓介さんたちによる、1995年、ティク・ナット・ハン師招聘の詳細については、こちらをご覧ください)https://www.dananet.jp/?cat=72

プラムヴィレッジの一行がサンフランシスコの Soto Zen Buddhism International Center を訪問した際の写真。中央に藤田一照師。左から二人目がシスター・チャイ、その右隣がシスター・ジーナ (2015年10月7日)

ティク・ナット・ハン師からもらった、大切なふたつの言葉

僕の、それ以降の修行や仏教観に多大な影響を与えたタイの言葉が二つあります。
一つ目、これは直接、タイに掛けていただいた言葉です。

Issho, smile! Practice should be enjoyable.

今の僕からは想像できないかもしれませんが、当時、僕は怖い顔をしていたみたいなのです。修行者は簡単に笑ったり、ヘラヘラしていたらいけないと思っていた。真剣に修行している者は、ニコニコしちゃいけないし、第一、そんな余裕はない、というような表情をしていたのかもしれません。そんな僕を見てタイは、「一照さん、笑顔だよ! 修行は楽しいものでなくてはいけません」と言ったのです。

つづけてタイはこうも言いました。「ブッダもそうだった」と。
しかめっ面をしている人の周りには、人は絶対に集まらない。ブッダが幸せそうに歩いているから、その周りに人が集まったんですよ。僕らもそうなれるし、そうならなくてはいけないのです、と。これはインパクトが大きかった。ずっと僕の中に残っている言葉です。

もう一つは、

There is no way to happiness. Happiness is the way.

ハピネス(ニルヴァーナでも悟りでもいいのですが)は、道の最後にあるものと僕は思っていた。それに向かって歩いている間は、ハピネスをゲットするまでの過程であり、仏教が約束する素晴らしい体験なり洞察は、道の最後に待っているものであって、それを求め歩いている途上には存在しないのだ、そう思っていたのです。

ですから、当然、スマイルもできるはずはなかったのです。しかしタイから、ハピネスは“not at the end of the road”「今、ここ」になければいけない。そう、直接教えてもらったのです。これは、彼が帰国前にお願いして色紙にサインをしてもらったときに頂いた言葉です。これも、僕にとっては非常に貴重な経験となりました。

シスター・チャイ(左側)、シスター・ジーナ(右側)と三人で記念撮影

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